ブッダガヤの宇宙人 中日新聞連載中


ブッダガヤに着いた僕とラケシュは、さっそく一帯を見てまわった。

ブッダガヤには、観光の人々だけでなく、僧たちも大勢いる。タイ、ミャンマー、スリランカ、チベット、ベトナム、台湾など、さまざまな色の袈裟を着た僧たちが歩いている。

その一人を指さして、ラケシュが言った。「あの坊さんはバラモンだよ」

本物の坊さんじゃないという。見かけは仏教徒だが、中味はヒンズー教徒の最高位カーストのバラモン。まさか。

オレンジの衣を着た男に声をかけてみた。「あなたは、仏教のお坊さんですか?」

曖昧な返事。何度か目を見て尋ねると、相手の眼がはっきり泳いだ。え?――地の底が抜けたかのように驚いた。地球人を装った宇宙人に遭遇した感じ。

呆然とした顔で戻った僕に、ラケシュたちが「わかった?」と笑う。ブッダガヤには、ニセモノ僧侶が跋扈しているという。

寺院建立を計画しているとか、無償の学校を開いているとアピールして寄付を募る。観光客が見学に来る前に手配師が招集をかける。村の子供や老人たちが駆けつけて、にわかに学校が現れたり悲しげな物乞いと化したりする。そういうローカル・ビジネスがあるというのだ。

数日滞在するだけの観光客には見分けがつかない。すべてが嘘だとは言いたくないが、欲望渦巻くインドの隠された現実だ。

ラケシュが笑って言った。「もう君は真実を知ってしまった。責任を持ってもらうからね」。

僕が幸運だったのは、インドで最初に出会ったのが、ナグプールの街に住む仏教徒たちだったこと。カーストの最底辺に追いやられてきた人々だからこそ、現実が見える。

「これが仏教だ」と、わかった気になっては騙される。現実は、人の欲望と狡猾さで歪められているのだ。人を救うはずの宗教でさえも。

はたしてブッダの教えはどこに行ったのか。答えを探すには、まさに今ある苦しみから始めなければいけないのだ。



文・絵 草薙龍瞬

中日新聞・東京新聞連載中(日曜朝刊)